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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8744号 判決 1964年5月30日

原告 日本火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 亀山甚

右訴訟代理人弁護士 安間中四郎

被告 広海運株式会社

右代表者代表取締役 森岡隆介

右訴訟代理人弁護士 水上喜景

主文

一、被告は原告に対し、金六九二、〇三七円及びこれに対する昭和三六年二月一一日以降右支払ずみに至るまで年六分の割合による金銭の支払をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、この判決は、金二〇万円の担保をたてることを条件に仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告は、海上における貨物の運送及び運送取扱等を業としているものである。昭和三五年三月二一日訴外桑正株式会社(以下「桑正」と略称する。)は、その所有の鋼屑(ダライ粉)二〇二噸を、荷受人である訴外大和工業株式会社(以下「大和工業」と略称する。)に対して送付のため、川崎港―飾磨港間の運送取扱を被告に委託した。被告は、右桑正との契約に基き、訴外新興海運株式会社(以下「新興海運」と略称する。)に右運送の取次をなしたところ、同社は、船長米沢徳一との間に運送契約をなした。そこで、翌二二日右米沢は、その所有の貨物船共和丸(一五三屯)に、右貨物を積載し、同船は同月二三日午前四時、川崎港を出航し、同日午後四時下田港に避難して下田海上保安部前防波堤に船尾繋留中、翌二四日午前一一時頃機関室内に備付けの排水用ヤンマージーゼルの整備終了後始動作業中、附近にあるガソリンに引火して突如爆発音とともに出火した。なお、右火災の原因は、共和丸機関部員が機関の運転中に監視員を置き、厳重に注意を払うべきに拘らず、機関室を離れたこと並びに焼玉エンジンに使用したガソリンを近接した場所においた重大な過失に基くものである。

かくして、共和丸は航行不能となつたため、同年三月二九日本件鋼屑を貨物船丸井丸に積み替えて下田港を発航、飾磨港に同年四月六日午後二時陸揚を完了した。

二、右火災による防火注水のため、右積載貨物に著しい錆を生じ、本件鋼屑の商品としての価値を極度に低下せしめ、荷送人桑正に対し、時価合計金六九二、〇三七円相当の損害を与えた。したがつて、本件鋼屑の毀損につき運送取扱人である被告は、委託者である桑正に対し、債務不履行による右同額の損害賠償責任を負うべきである。

三、原告は、これよりさき同年三月二一日桑正との間に、右運送貨物鋼屑二〇二噸につき保険金額三、五三五、〇〇〇円、輸送区間川崎港―飾磨港間の約で貨物海上保険契約を締結していたので、同年六月二〇日被保険者桑正に対する海上貨物の保険者として、右損害額に相当する保険金六九二、〇三七円を支払い、桑正の被告に対する損害賠償請求権を取得した。

四、そこで、原告は被告に対し、昭和三六年一月一四日付書面をもつて、右損害金を同年二月一〇日までに支払われたい旨催告し、右書面は同年一月一五日に被告に到達した。

よつて、右損害金及びこれに対する催告期限の翌日である昭和三六年二月一一日以降右支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁に対し、

一、被告主張の事実中、荷受人である訴外大和工業が昭和三五年四月六日に本件運送品を受領したことは認めるが、その他の点は争う。

被告は、共和丸が下田港において火災事故により注水作業に努めたが、遂に航行不能にて貨物船丸井丸に貨物を積換えた事実を既に承知しており、また、船長米沢徳一からの火災報告により詳細に右事故を知悉しているのであつて、貨物の損害額は兎も角、相当の被害があることを予見し得べき状況にあつた。

したがつて、被告は、右損害の発生につき悪意であつたので、商法第五六六条第三項により同条第一項の短期消滅時効の適用は排除される。

二、仮に右主張が認められないとしても、被告は、昭和三六年九月八日原告に対し、本件損害賠償債務を承認し、その債務額の減額、及び支払方法につき協議を求めた。したがつて、被告はすでに時効の利益を抛棄したものというべきである。

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

請求原因第一項の事実中、被告が海上貨物の運送及び運送取扱人なること、原告主張の日、被告が桑正の依頼により鋼屑二〇二噸の運送取扱を引受け、これが運送を訴外新興海運に委託したところ、同社は、船長米沢徳一との間に運送契約をなし、同人所有の共和丸に貨物を積載して、川崎港より飾磨港に向けて出航し、途中下田港において火災事故が発生したこと及び右貨物を原告主張の日、丸井丸に積み換えて輸送し、飾磨港に陸揚したことは認めるが、その他の事実は否認する。

同第二項の事実は争う。

同第三項の事実中損害額については不知、その他は否認する。

同第四項の事実中、原告主張の書面が被告に到達したことは認めるが、その他は争う。

(一)  被告の運送取扱人たる責任は、商法第五六六条第一項により、荷受人である訴外大和工業が本件運送品を受取つた日の翌日である昭和三五年四月七日より起算して一年を経過した昭和三六年四月六日時効により消滅した。

よつて、本訴において右時効を援用する。

と述べ、

原告の再抗弁事実は否認する。

と述べた。

証拠≪省略≫

理由

一、被告が海上貨物の運送及び運送取扱人なること及び、、昭和三五年三月二一日訴外桑正は被告に対し、その所有の鋼屑(ダライ粉)二〇二噸を、訴外大和工業に送付のため川崎港―飾磨港間の運送取扱を委託したところ、被告はこれを引受け、訴外新興海運に右運送を委託したこと、同社は翌二二日船長米沢徳一所有の貨物船共和丸(一五三屯)に右貨物を積載し、同船は同月二三日川崎港を出航したが、翌二四日下田港において火災事故を発生したこと、そこで、右貨物を同月二九日貨物船丸井丸に積替えて輸送し、同年四月六日飾磨港に陸揚したことは、いずれも当事者間に争がない。

二、しかして、≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和三五年三月二一日訴外桑正より電話にて本件鋼屑二〇二噸の川崎港―飾磨港間の輸送につき、保険金額を金三、五三五、〇〇〇円と定めて貨物海上保険契約の申込を受け、原告は直ちにこれを承諾したこと、原告と右桑正とは従前より継続的な取引関係にあつたので、原告は後日纒めて本件保険料を受領し、保険証券を発行したことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。ところで、海上保険契約は、原則として諾成契約であつて、当事者双方の意思表示の合致のみにより成立すべきものであるから、後日保険料の支払がなされても、本件保険契約は前記日時成立するに至つたものというを妨げない。

三、しかして、≪証拠省略≫を併せ考えれば、前記共和丸は木造機帆船なるところ、右船員の失火により約四時間に亘つて船体を焼失し、僅かに沈没を免がれたが、積載貨物である本件鋼屑は、消火作業により多量の海水を注水されたため、約二週間後丸井丸に積替えて目的地である飾磨港に到着したときには全量が著しい赤錆を生じていたこと、右鋼屑は熔鉱炉に熔削として使用されるものであるが、海水により塩分を混入したためその品質上相当の格落を生ずること、そこで陸揚後、原告は前記桑正及び荷受人大和工業の社員と損害額について折衝し、右鋼屑毀損による損害の程度を二割の毀損率と査定し、その毀損率(損害額算定上は到着地の実数量一九七、七二四八噸に対する毀損数量は三九、五四四九六噸になるので、これを保険数量二〇二噸で除したもの)を前記保険価額金三、五三五、〇〇〇円に乗じた金額六九二、〇三七円を本件積荷毀損による損害額と査定し、右損害率につき社団法人損害保険料率算定会の承認を経て、同年六月二〇日右損害額に相当する保険金を被保険者桑正に支払つたことを認めることができ、証人縄谷幸克の証言中右認定に反する部分は措信できない。したがつて、他に特段の事情がない限り、桑正は、本件鋼屑の毀損により右同額の損害を蒙つたものというべく、原告は、保険者として桑正に対し右保険金を支払い、右限度で被保険者桑正の第三者に対して有する損害賠償請求権も法律上当然に取得したものというべきである。

ところで、運送取扱人は、運送人の選択等運送取次に関する注意を怠らなかつたことを証明しなければ、運送品の滅失、毀損等につき運送委託者に対し損害賠償責任を免れ得ないところ、証人縄谷幸克、同金安忠志の各証言によれば、被告は予め桑正に対し、本件鋼屑を木造機帆船共和丸にて運送する旨その性能等を案内し、同社の了承を得たうえ共和丸で運送したことが認められるが、他に本件において被告が運送取扱人として無責任なることにつき何らの主張立証がないから、被告は、本件鋼屑の毀損につき委託者である桑正に対し損害賠償責任を負うものといわねばならない。しかして、原告が右損害金を保険金として桑正に支払い、同社が被告に対して有する損害賠償請求権を取得したことは前示認定のとおりであるから、被告は原告に対し、右損害金を支払う義務があるものというべきである。

四、そこで被告主張の抗弁について判断する。荷受人である大和工業が昭和三五年四月六日本件運送品を受領したことは当事者間に争がない。原告は、被告が悪意であつたから商法第五六六条第一項の短期消滅時効の適用はない旨主張するけれども、同条第三項所定の悪意とは、原告主張のように運送取扱人が運送品の毀損等を知悉していたことの意に解すべきではなく、運送取扱人が故意に運送品の滅失、毀損を生ぜしめ又は特に滅失毀損を隠蔽するような行為に出たことの意味に解するを相当とする。したがつて、原告の右主張は採用しない。してみると、被告の運送取扱人としての損害賠償責任は、右荷受人受領の日より一年を経過した昭和三六年四月六日時効により消滅したものというべきところ、原告は、被告が右時効の利益を抛棄した旨主張するので、さらにこの点について検討する。

原告が被告に対し、昭和三六年一月一四付書面をもつて右損害金を同年二月一〇日までに支払われたい旨催告し、右書面が同年一月一五日被告に到達したことは、当事者間に争がない。しかして、≪証拠省略≫を併せ考えれば、右催告期限の後である同年九月初旬、被告より何らの回答なきため、原告社員時田、白井の両名が被告会社に赴き、同社の縄谷営業部長、福田課長と会つて本件損害金の支払について交渉した際、右被告社員は、本件損害賠償義務のあることを承認したうえ、その損害金のうち約一二、三万円を支払い、その他は被告が原告の保険代理店をしてその手数料収入により支払いたい、なお、海難審判所の審判の結果、船長に責任がない場合には支払額を返還して貰いたい旨懇請したが、原告社員は右被告の申入れを拒絶したので、交渉は妥結に至らなかつたことが認められる。証人縄谷幸克の証言中右認定に反する部分は前掲証拠に照らしてにわかに措信できない。もつとも、≪証拠省略≫によれば、被告は、桑正より本件運賃等として金一三〇、三三五円を受領し、そのうち金一一六、〇〇〇円を訴外新興海運に運賃として支払い、その差額金一四、三三五円の取扱手数料しか利得していないことが認められるが、右事実は未だもつて前記認定事実を覆えすに足りない。

およそ、時効完成後、債務者がその債務を承認し、支払猶予を求めたときには、別段の事情がない限り、時効完成の事実を知つてなしたものと推定すべきところ、本件において右別段の事情を認めるべき資料は存しないので、前示認定の事実よりすれば、被告は、時効完成の事実を知つてその支払猶予等を求め、もつてその利益を抛棄したものと認めるを相当とする。そうだとすると、被告の前記時効の抗弁は理由がない。

五、以上により、被告は原告に対し、前記損害金六九二、〇三七円及びこれに対する右催告期限の翌日である昭和三六年二月一一日以降右支払ずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による金額を支払う義務があること明らかである。

よつて、原告の本訴請求は正当であるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土田勇)

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